『イントレランス』

解説(Wikipediaより)

イントレランス』(Intolerance)は、1916年作のモノクロ・サイレントアメリカ映画。

いつの時代もイントレランス(不寛容)が世を覆っていたことを描き、人間の心の狭さを糾弾した。「映画の父」と呼ばれるD・W・グリフィス監督による、『國民の創生』と並び称される代表作にして映画史に残る大作。

社会の不寛容のため、青年が無実の罪で死刑宣告を受ける製作当時のアメリカ、不寛容なファリサイ派のために起こったキリストの受難、イシュタル信仰興隆に不寛容なベル教神官の裏切りでペルシャに滅ぼされるバビロン、ユグノーに対し不寛容な宗教政策によるフランスのサン・バルテルミの虐殺の四時代を並列的に描いており、最後に四時代は結集し、寛容を説く構成となっている。

バビロンのセットは当時としては破格の資金が費やされたが、四つの物語が同時並行的に進行する難解な作品であったことや、グリフィス一座の看板女優であったリリアン・ギッシュが表面的にはフィーチャーされていない扱いであったことなどからアメリカ国内では興行的には大失敗をし(リリアン・ギッシュの自伝によれば、最終制作費は190万ドルに達したとされるが、正確な制作費は不明)、壮大なバビロンのセットを解体する費用さえもまかなうことができず、このセットは数年の間廃墟のように残っていたと言う。しかし、歴史劇の伝統があるヨーロッパにおいては高い評価を得て商業的にもある程度成功した。現在では『國民の創生』と並び、グリフィスの代表作であると同時に、映画史に燦然と輝く名作として評価が確定している。

なお、本作においてリリアン・ギッシュは四つの物語には登場せず、ゆりかごで眠る赤ん坊を見詰める女性として、物語の間をつなぐような慎ましやかなシーンにのみ登場しているが、この役柄が聖母マリアを象徴していることからもわかる通り、グリフィス自身はギッシュこそが本作の真の主役だと認識していたと言われる。



まさかスクリーンで観ることができるとは思っていなかった『イントレランス』。たまたま神戸映画資料館で二日間だけやっていたので観にいってきました。
資料では上映時間が189分ということだったのですが、実際は150分ぐらいの「サウンド版」と呼ばれているものでした。(微妙に回転数が早いとの説明でした)

日本語字幕なしということで、だいたいのストーリーは知っていましたが、ぼくの語学力では到底字幕に追いつくわけもなく、正直なところキリストの悲運を描く<ユダヤ編>と聖バーソロミューの虐殺を描く<中世編>はなんだかよくわかりませんでした。

有名な<バビロン編>はさすがに、噂どおりの大迫力ではありましたが、それよりも、すでに一編の映画として完成していたといわれる<現代アメリカ編>がなかなかによく出来ていて、主人公が無実の罪を着せられて、いままさに絞首刑になろうとする場面など十分に映画的興奮がありました。